momokotonのブログ

小さな幸せを見つける 日々の雑記

まさか! コロナ感染 自宅療養日記⑤ コロナからの復活

コロナ感染から いつの間にか 数ヶ月が経った。

コロナ感染 自宅療養日記も いよいよ 「コロナからの復活」となった。

 

結局 自宅で療養していた期間は 感染が発覚してから10日くらいだったと思う。

その間に 自分の命の危険を感じていたのが 最初の5〜8日間だったかな。

劇的に回復するきっかけになった「ラゲブリオ」という薬と 周りの人の温かい励ましのおかげで 命をつなぐことができた。

 

ここではっきり言えることは 

コロナウイルス感染症は 

決して「風邪」ではありません!

 

恐れていても仕方がないのだが 

軽症者が多いからといって 決して感染をあなどってはならない!ということを強く感じている。

 

コロナ自宅療養を経て

必要だったものは(ランキング形式で書いてみようかな)

 

① 携帯電話などの 外部との連絡が確保できる通信ツール

これは ほんとうに必須だった。保健所との連絡も 病院への問い合わせも 家族間での連絡も 全て携帯電話さまさまであった。

 

②パソコン

うちは、ノートパソコンだったから 起きている時は本当に一日中お世話になった。

自宅監禁状態でも 楽しみがあったのは パソコンのおかげ。

 

③家族(自分を心配してくれる周りの人も含めて)

ランキング的には3番目になってはいるが。

結局 家族や周りの人からのサポートや励ましなしでは 回復ができなかったのではないかと思っている。

本当に 家族はありがたい存在だと感じた。

 

④推し

これは なんだか おまけみたいだけど。

けっこう 今回のことで 推しは大事だなと思っている。

現在 6月17日。

BTSのニュースが世界をかけめぐり ジミンちゃんのこれからの活動が 楽しみでもあり 気がかりでもある。

誰かを推せるうちは 自分は元気なんだなと思った。

自分がヘトヘトになった時に 推しの存在が自分に立ち直る力をもたらせてくれることもあると思うけど。

とにかく 「推しがいる生活」を もっともっと 楽しもうと思っている。

 

後遺症のこと

経験した自分だから 言えます!

後遺症は ありました!

全ての人にありますよ というものではなくて

私は コロナ感染後 数ヶ月間 気管支喘息のような 激しい咳に 毎日 毎晩 悩まされました。

毎日 起きては始まる咳は その後の生活に少なからず影響を与えた。

 

病院へ行けば 気管支喘息のための薬を処方されたが 

薬(吸引する薬)をいくら使っても あまり効果がなく

咳の苦しさがいつまで続くのか 途方に暮れる毎日だった。

 

今 その症状が治まっていることからも あれは コロナ感染症の後遺症だと思っている。

 

その後

慌ただしい時間にまぎれて 何気ない毎日の幸せに 気づけないことが多いけれど

好きなこと 好きなもの 好きな人 たくさんの好きに気づくことができる時間が持てたなら

なんとか 自分らしく生きていけるような気がする。

 

自分らしくとは 自分が理想としているように生きる ということではなく

「自分が理想としていない現実」「本当の今の自分」を受け入れるということ

 

人生で2度目?の 大波乱の時期を迎え

これからの人生について 考えている今日この頃

 

このブログが書けていることは 幸せだと感じている

 

 

まさか! コロナ感染 自宅療養日記④ 入院の危機を救った 魔法の 赤い薬!!!!

とうとう コロナになってしまった!!! そのあとのお話

koton と私の自宅隔離生活は 

あっという間に 数日経ち。

 

kotonの熱は 3日くらいで37度代後半まで落ち着いてきた。

そう思うと 38度代が3日くらい続いていたということで

それは とても辛かっただろうと 

今振り返るとkotonが 可哀想だと思うのだが。

自分がコロナになってしまった あの時には 人のことを思いやる余裕なんて 私にはほんのちょっともなかったのであった。😭

 

kotonの熱は 下がってきたが 咳と喉の痛みだけ残っていた。

 

一方、私は 喉がひどく痛く 体の節々が痛み 寝られず 咳もひどく・・・・

回復するというゴールが 全く見えない状態だった。

 

自分の状態を 藁をもすがる思いで 保健所の人に相談すると・・・・。

「だいぶ良くなってきてると思いますよ。でも お薬がなくなってしまうかもしれないから 検査してもらったお医者さんに連絡して お薬を出してもらえるか 聞いてみてもいいかもしれませんね。」という話だった。

 

保健所の方に勧められるまま 検査を受けた病院へ電話し

お薬の追加をお願いしてみると

なんと!

「大きい病院へ紹介状を書きましょうか?」

という 予想しなかった答えが返ってきた。

 

その時の私は 

熱は微熱(37°C)がずっと続いており 

咳がひどくて とにかく辛かった。

 

「大きな病院へ行くということは まさかの入院ってこと?私って 重症なの?」

という 予想もしない現実がやってきた。

そして、不安症が本領を発揮し出して 頭が大パニックを引き起こした。

 

「入院はいやです」「入院するのは怖いです」

と まるで 小さい子が駄々をこねるみたいに 看護師さんに精一杯伝えたら・・・。

 

「じゃあ ラゲブリオを処方します!」

と 聞き慣れない薬の名前が告げられた。

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ラゲブリオ・・・真っ赤なカプセルで 大きさはだいたい2cmくらい

        1回に4錠飲んで 1日朝・夕2回の 合計8錠を飲む

        処方してもらうには3枚くらいの説明書に同意書を提出しなければならない

 

飲むべきか? 飲んでも大丈夫か?

病院の看護師さんと話をして 

入院しないなら

ラゲブリオを飲むように勧められた。

 

Faxで送られてきた薬の説明書を読めば読むほど

「ラゲブリオという 真っ赤な大きな薬を 飲んでも大丈夫なのか?」

という心配が大きくなってきた。

 

どうやら ラゲブリオには 処方してもらえるリミットがあるらしく(発症してから○日以内に飲む)

私は、そのリミットギリギリの瀬戸際だったらしい。

 

そんなことも知らない私は

「飲むべきか? 飲んでも大丈夫か?」

という 永遠に答えの出ない迷宮に迷い込んでいた。

 

一人でパニックになり 

保健所に電話をし 

看護師の友達に電話をし 

もう一回、病院に電話をし・・・。

 

それでも 飲むかどうか迷っていた。

 

2回目にかけた電話の向こうで 病院の先生は

「すごく忙しいんだけど 切るよ!」ガチャン!

と とっても忙しいことが世界中の誰にでも伝わる方法で 私の電話を断ち切った。

 

私の心は 絶望感に満ちていた。

もう どうすることもできなかった。

 

最終的に 

看護師の友達の 「冷静な分析」と「私への温かい思いやりのあるアドバイス」のおかげで

正気を取り戻し

もう一度保健所に電話をかけた。

やっと

「ラゲブリオを飲むことにします」

と決断することができた。

 

ラゲブリオという薬は 私の心配をよそに

飲んだその日から 体の中の何かがみるみる回復する そんな✨魔法の薬✨だった。

 

赤くて大きくて ちょっと飲むのをためらうような見かけだが

この 魔法の薬が 私の体を 回復の方向への導いてくれた。

 

5日間 ラゲブリオを飲み続けると

体の中でも あれだけ苦しめられていた咳と痰が みるみる少なくなっていった。

ほんとうに 魔法の薬だと思った。

 

処方してくださったお医者様と神様に ありがとうございました!と全力で伝えたかった。

 

最終回へつづく・・・。

 

まさか! コロナ感染 自宅療養日記③ 恐れていた家庭内でコロナ感染!!!

koton コロナ感染3日目

体温 38。7°C

症状→喉が痛い 下痢 筋力低下

 

どうやら 熱が高い割に 食欲が出てきたようで

CoCo壱番屋の カレーうどんをお昼に食べたいと言っていた。

 

この日から 国からの食糧支給が始まり、クロネコヤマトクール宅急便で 毎朝 食料が配達されるようになった。

 

段ボール箱の中身(基本形は 朝はパン 昼は弁当 夜は弁当みたいになっている)

  •  おーいお茶(紙パック) 3本
  •  コモのパン(味は日替わり)
  •  コモのクロワッサン
  •  弁当が2食分
  •  副菜になるおかずのパック(お芋の煮たの ポテトサラダなど

毎朝 クロネコヤマトのお兄さんが しっかりクール便でお届けしてくれた。

これは、隔離生活最終日まで続きました。外に買い物に行けないので、とてもありがたいシステムだった。

 

やばい!!!! 最初の違和感!

kotonの隔離が始まってから 1日100回以上は消毒をしまくっていた。

とにかく 消毒! 消毒!

そんな中、自分に 体調の異変がおとづれた。

 

自宅隔離2日目の朝 とうとう 私も発熱。

37.4°C

微熱だが それよりも 何よりも 体が鉛のように重い。

 

考えてみれば、kotonの陽性がわかって 自宅で隔離している1日目から

少しずつ咳が増え 喉のあたりの不思議な違和感(なんとも言えないいやな感じ) そして、からだの痛み(背中の激痛)を 感じていた。

 

koton があまりにも 喉を痛がるので 

自分の咳も酷かったので

保健所の人と相談し 再度 検査をしてもらったお医者さんにみてもらえるか相談することにした。

 

病院の看護師さんは 快く 「すぐこれますか?」と言ってくださった。

 

車にkotonを乗せて 病院まで行く間

「自宅ではせっかく隔離しているのに 車の中で感染したら嫌だな」

と 不謹慎なことを考えながら 窓を全開にして 車を走らせた。

 

その時 私の症状は 喉が痛い 咳が出る 痰が絡む という軽微なものだったのだが

念の為 抗原検査を受けることにした。

 

結果は 「秒で!」・・・・

「陽性!」

まさか! ついに 私も コロナに感染してしまっていた!

 

「かかたら死んでしまうと思っていた とても怖い病気 コロナ」

「自分はぜったいかからないんじゃないかと 思っていたコロナ」

そんな 病気に まさか 自分が感染してしまっていた。

 

運転席に座っていたんだけど

「ちゃんと運転して家まで帰れるかな・・・」

と 体が震えて とても怖かったのをおぼえている。

 

あまり記憶がないのだが

簡単に 職場に連絡をし

やっとのことで 家までたどり着いた。

 

出かけた時は 陰性だった自分が

帰ってきた時には 陽性になって帰ってきた。

 

ずっとkotonが隔離されていた 2階の部屋へ

「おじゃましま〜す」

と言って 入っていった。

 

その日から kotonと隔離部屋を シェアすることになった。

早速 機嫌の悪い私のとばっちりを受け

kotonと私は しょうもない喧嘩をしてしまった。

今思うと 本当にしょうもない内容だった。

 

ここから kotonと私の 自宅隔離生活が始まることになった。

備忘録17 コロナの検査って どんな感じ? 抗原検査とPCR検査

コロナ検査って どんな感じ?

コロナ感染が いよいよ 身近に迫ってきていた。

仕事場では 

私の隣の席の人も 

そのまた近くの何人も

次々に、コロナ陽性になった。

 

そんな コロナ感染不安がどんどん増す中 

みんな 華麗に「復活」を遂げていた。

 

ある人は

「熱は出たけど そんな大変じゃなかったわ」

と言い

ある人は

「普通の風邪とおんなじだったよ」

と言っていた。 

 

ちょっとだけ 

「コロナになっても 元気に復活できるんじゃない?」

って 希望の光が見えてきた。

 

そんな中 思い出した

今までにコロナ検査を受けたときの話。

 

最初の検査(抗原検査)

とっても昔

「”自分じゃない 世界の中の誰か”が感染する病気」 だと思っていた コロナ。

その病気が ある日 私の生活圏内に侵入してきた。

 

その時は 

コロナ陽性の人が自分の身の回りにいることが とても不安で

なんだか 体調もどんどん悪くなってきた。

 

ある日 突然

ものすごい高熱が出たわけじゃないけれど

「もうこれは コロナになったんじゃない?」って絶望的な気持ちになったから

人生初の コロナ検査を受けに かかりつけ医に向かった。

 

その頃は 

今みたいに 検査キッドが不足している!っていう状況ではなかったから

「どうぞきてください!」

と ウエルカムな対応で 

お医者さんは 検査希望の私を迎え入れてくれた。

 

病院に到着したら

駐車場に車を止めて

病院に電話をかけるように指示があった。

「なんだか やっぱり いつもと違うな・・・。」と思った。

 

しばらくすると 頭から足の先まで すっぽりと防護服を着た看護師さんが

病院の駐車場に止めた車の中で待つ 私のところにやってきた。

「えらい物々しいな・・・。」

と その様子がとても不思議でたまらなかった。

テレビの中で見ていた 防護服に身を包んだ看護師さん。

その人が 私の検査をしてくれるという なんともいえない 

テレビドラマのワンシーンのような瞬間だった。

 

検査は 鼻の奥を綿棒でぐりぐりされて(インフルエンザの時のあの血が出そうなほど痛いやつ!)終了!

検査結果を待つこと20分!

結果は陰性!

 

とっても安心したのを覚えている。

 

抗原検査を何度も受けに行く

その後 本当に自分の体調が悪くなり

コロナの抗原検査2回目を受けに行くことになった。

1回目と同じかかりつけの病院へ。

1回目と同じ検査の順番で。

無事に結果は陰性だった。

 

それから 何度も検査を受けに行くことになったのだが

ある日

「もう うちでは 検査はできません!」

という びっくりするような宣告を受けた。

「え?検査してもらえなかったら 明日から仕事に行けません!」

と 電話口で悲痛な叫びをあげる私の想いは届かず

かかりつけ医さんでは 検査が受けられなくなるという事態がやってきた。

 

検査キッドの不足による 仕方ない決断・・・ なのだそうです。

(詳細は割愛)

 

いよいよ!人生初 PCR検査!

かかりつけの病院で検査が受けられないとなってから

色々検索し 以前から 

PCR検査をうけられますよ〜」と評判のお医者さんで 検査を受けることになった。

 

ここは家から近いのだけれど 一度も行ったことのない病院だった。

抗原検査も インフルエンザの検査も どちらも陰性!

「やっほ〜!」

と喜んでいる私の元に またまた 看護師さんがやってきて

「これに この線まで 唾を溜めてくださいね!」

と爽やかに空のボトルを手渡された。

 

大きさは ちょうど 試験管の4分の3くらいかな?

その先が鉛筆の先みたいに細くなっていっていて 

先から1cmくらいのところに 線が引かれていた。

 

おもったよりも楽に唾が溜まった。

家を出てくる前にチョコレートを食べてきたから

なんだか心配だったけど

それは取り越し苦労だった・・・。

(チョコを食べてから歯磨きをしていたからかな)

そんな 要らぬ心配をしている間に 看護師さんが 検査キッドを受け取りに来た。

 

PCR検査の結果は1日〜2・3日かかります。結果が出るまでは 自宅待機です!」

という よく見る よく聞くセリフを聞いた。

とうとう わたしも PCR検査結果待ちの人 となった。

なんだか コロナがどんどん自分の身近になった気持ちになってきた。

つづく・・・・

 

 

火の鳥 大阪旅行 久しぶりの幸せ日記 最近思ったこと

もう どれくらい日記を書いていなかったのかな。

幸せ日記を書く暇がないくらい 慌ただしくなった4月・・・。

 

というのは 無理矢理つけた言い訳です。

 

最近 忙しかったのは確かなんだけど。

でも 日記を書く時間くらいあったはず。

 

今日 あらためて 自分の毎日の中から 小さな幸せを探していくことを決意した。

もう何度目かの決意。

三日坊主的な・・・にならないように。

 

誰かに愛されているとか 誰かを愛しているとか 好きな人と一緒にいるとか いられないとか。

そんな 他人任せなことに 自分の幸せを任せてはいられない。

人生 そんな無駄遣いするほど 時間は長く残っていないから。

 

火の鳥

近鉄火の鳥に乗った。

デラックスシートに。

快適で幸せな気分で・・・ほとんど夢の中だった。

最高だった!

 

デラックスシートは リクライニング フットレスト 読書灯 ウオームヒーター などなど

とにかく快適!

 

マナカ(交通系パス)で施錠解錠の操作ができる 無料ロッカー

 

ちっちゃな お土産コーナー

 

大阪旅行

ひさしぶりの大阪!

めっちゃデカくなっていた!

 

環状線がマリオラッピング

 

天満の商店街

 

お好み焼き 最高!

 

予約でいっぱいのかき氷や

次は 予約してきたいな

 

ビリケンさん

 

おしゃれカフェ クリームソーダ最高!

 

種銭とえんむすびのお守り

 

まさか! コロナ感染 自宅療養日記② 家庭内隔離生活でのこと

koton コロナ感染2日目

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koton(コロナ発症2日目)

体温 38.3°C(高熱が続いているにもかかわらず比較的元気そう?)

口内炎が口の中に大きなものが3つもできているらしく、ほとんど 物が食べられない。

主な症状・・・激しい咳 喉の痛み 腹痛

 

家庭内隔離生活のこと

kotonがコロナになって 我が家は 家庭内隔離生活が始まった。

家庭内隔離生活・・・kotonは基本的に24時間部屋に隔離。トイレのみ部屋から出てくる。食事は、ドアの前に置いて、対面しないようにした。会話はスカイプで。

 

その時に 必要であった物

  •  除菌スプレー(とにかく消毒!消毒!)
  •  使い捨て紙ナフキン(とにかく消毒!)
  •  紙コップ(喉がとても渇く、使ったら1日ごとに捨てる)
  •  紙皿(食べ物以外でも 部屋の前に差し入れる時に物を置くよう)
  •  水筒か保温できる小さめのポット(お茶やお水を入れておくよう)
  •  パソコン(これは必須!!)
  •  スカイプなど遠隔で会話ができるもの(アプリ?)
  •  大きめのゴミ袋(隔離生活中は結構ゴミが出ます!)
  •  ゲーム機(暇つぶし用)

 

最初は 隔離している部屋の前に 小さな紙コップを置いて 

飲み終わったら コップを部屋の外に出して コップに触らないように注ぎたす

ということを続けていたけれど

水筒かポットに水分を入れておけば良いことが途中でわかった。

 

本などを読むかな?と思っていたけど 熱でそれどころではなかった。

そんな時 パソコンで動画を見て 時間を潰していた(らしい・・・)

 

看護師をしている友達が

「消毒もほどほどでいいよ。きっと、気をつけていても(家庭内)感染するから・・・。」

と言っていた。

結局、彼女の予言は的中することになるのだが

コロナにかかるわけにはいかない私は

年老いた父母とkotonが絶対に接触しないように消毒をしまくった。

 

夜は 1階のリビングにあるソファーで寝たのだけど、なぜか、朝起きたら背中が痛かった。

 

結局、kotonだけの家庭内隔離生活は2日くらいで終わりを告げ

私がコロナ陽性判定を受けることになるのであった。

 

(自宅療養日記③へつづく)

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